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愚者の冒険譚


しばらく前に、、、
と言っても先月の上京前だから1ヶ月ほど前の話だけど、トカラの歴史を調べていたことがあって。

あ、久しぶりにブログ書いてます。
キムチです。

そう、トカラの話。

「いつ頃からダイバーが訪れどんなダイビングを行なっていたのだろう?」
そんなことをちょっと調べてみようと思いたったきっかけは、これはもう随分前の話。

フェイスブックに中之島摩天楼の写真をアップしていたら北海道のとある先輩からコメント。

th_中之島摩天楼ヒデさん

「懐かしい!中之島の摩天楼だね。いつも懐かしく、そして楽しみに写真見てますよ。」

このコメントに僕はちょっと驚いたわけで。
何故かって?

僕は自分でこの海域を一から、それこそ手探りで少しづつ開拓してきて、そんで見つけたポイントに名前をつけてきたんだ!って思ってたけど、僕が「摩天楼」と名付けた場所と同じ場所を過去に潜って「摩天楼」と呼んでいたダイバーがいたってこと!

同じ感性!!

とか言ってる場合ではなくて(笑)

この一件が、将来は歴史学者になるんだろうって親が思っていたくらい歴史好きな子供だった僕の好奇心に火を灯した。
それで少し時間が取れるようになった冬、まずは中之島の海游倶楽部のオーナー、早川さんに電話インタビューを試みた。

「あ、トカラね。初めて行ったのいつだったかな。そうそう、思い出した。」

サイパンに行く予定が台風かなんかで中止になり、途方に暮れていた早川さん一行がいろいろ調べて目をつけたのがトカラ列島へのクルージング。
鹿児島でタンクやらなんやら借りて船に乗り込んだのは、

1987(昭和62)年8月10日だ。

間違いない。

「出港前日の夜さ〜、中日ドランゴンズの高卒ルーキー近藤が巨人相手にプロ初登板でノーヒットノーランを達成したんだよ。」


覚えてますとも!
高2の夏だ!

つまりその頃にはもうトカラ列島でのダイビングってが確立されていたということ。

そして迎えた東京の新橋BOXの夜。

もう40年以上前にトカラ行ってたよ、っていう参加者の方にちょっとお話をお聞きしようと思ったその席で。

「木村くん、いっぱい話す事あるけど自分で発見してく方が面白いし、君はそれが好きでやってるんだろ?」

そうだ。
その通りだ。

昔は昔。
今は今。

過去に誰かが素晴らしい発見をしていたとしても、現在それは歴史の中に埋もれてしまっている。
ならば、それを僕らは少しづつ掘り起こして行く。
これでいいんじゃないか?

ONE PIECEの主人公ルフィは言った。

「何がどこにあるかなんて聞きたくねぇ!!つまらねぇ冒険ならおれはしねぇ!!」

賢者は歴史に学ぶ。
しかしもしルフィーが賢者だったら、あれほど多くの人を惹きつける物語にはならなかったであろう。

さて、雨で大工仕事の予定がなくなった水曜日、そんな愚者の歴史をブログで整理してみました。
薩南トカラログ

残念ながら枕崎のショップにいた2004年までのログは残ってないけど、
硫黄島に初めて潜ったのが1999年。
中之島が2008年。
口之島が2010年。
臥蛇島にたどり着いたのが2013年。
それまでの経験値をひとつなぎにまとめた薩南&トカラDiscovery Cruiseをスタートしたのが2014年。

相棒は長年の盟友、座間味のなべさん。(ダイビングチーム潮

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初めての経験で心細い航海だったけど、なべさんがいたのがどんだけ心強かったか。
打ち上げの時二人で「最高のツアーだったな!」って乾杯したな。

あの日以来、毎年このクルーズを続けている。
少しづつ版図を広げながら、回数を増やしながら、そして新しい仲間を迎えながら。
水平線の向こうを目指す終わりのない冒険譚。

愚者が紡ぐ歴史のつながり。
今年もどんな冒険が待っているのか、楽しみだ。

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薩南&トカラDiscovery Cruise
https://tokara-dive.jp


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